雨は止んでもまた降ってくる

アラサー既婚・子なし女の雑記

兄妹そろってニートだった頃と、ニートを抜け出すまでの話【2】兄と父親の存在編

 自分がニートを脱する話をする前に、兄のニート生活にも触れます。ただ、実はあまり兄とはこの時の話をする機会がなくて細かいところまではわかりませんが分かる範囲で書いていきます。ただ私よりずっと過酷な日々を送っていたと思います。それから兄妹そろってニートだった頃の父についても書きます。

 

 

長い間うつ病を患っていた兄

 優秀だった兄は大学卒業後、大学院へ進学しました。しかし、うつ病を患っていた兄は何度も休学を繰り返し、最終的に中退することになってしまいました。時にはベッドに寝たきりでお風呂もまともに入れない時期もありました。精神科やカウンセリングにも行って、薬もたくさん飲んでいたようです。減薬する時には離脱症状も出たようで、とても苦しんでいたようです。うつ病になってから大学院の休学を繰り返し、抜け出せるまでおよそ4年間かかりました。

 

 私はそんな兄と何を話したらいいのかわからなくて、そんな兄を見たくなくて、兄から逃げていましいた。なので、詳細が分からずこれだけしか書けないのですが、かなり壮絶な4年間だったと思います。

 

重要だった父親の存在

 自分の子供が20代になって二人ともニートになるなんて思ってもみなかったでしょう。しかも自分の妻も亡くなっていて、この状況は相当辛かったと思います。でも、私の父親は私が思っているより芯があってずっと強い人間でした。昔は寡黙で、短気で怒りぽくて、私は父親のことが嫌いでした。でもそうじゃない、新たな父親の面を私は20代半ばにして知ることになりました。

 私が実家へ帰ったとき、本棚にはうつ病に関する本がたくさん置かれていました。父親は兄のうつ病をなんとかしようといつも必死でした。父親と兄とはよく話をしていたし、なんとかしたい、その熱意は様子を見ているだけですごく伝わってきました。

 父親は不器用ながらも私たちとのコミュニケーションをとることを欠かせませんでした。仕事から帰ってきたら、必ず私の部屋にノックをして話しかけてきました。「今日は調子どうだ。」とか「今日は何してた。」などなんてことないことですが。一度、嫌なことがあった日にどうしても私は正気が保てなくて、父親が部屋に入ってきた時に「出て行け!」と泣きながら言ったこともありました。「何かあったのか?」と心配する父親に、再度「出て行け!」と泣きながら訴えました。無言で部屋を出た父親でしたが、翌日、また私の部屋をノックしいつもと同じように話しかけてくれました。

 

 それだけでなく、父親は私と兄が話す機会を持てるようにと、時々親子三人で外食へ連れて行ってくれました。なんだか気まずくて気が乗らなかったし、ぎこちないし、私たち兄妹二人がニートじゃなかなか話も弾みませんでした。それでも父は私たち三人が顔を合わせる機会を作り続けました。

 

 その時、私はとっくに家族を諦めていました。母親も亡くなって、兄も妹もニートになって、どうせこれからろくな人生歩めないんだろうなと悲観していました。だからせっかくなんとかしようと頑張っている父親の姿もどこか冷めた目で見ていたのです。私は冷たい娘でした。

 

 私は結局1年2ヶ月間の間をニートとして過ごしたのですが、父は一度も私に「働け」と言ったことはありませんでした。一度犬の散歩へ一緒に出かけた時に、こんな求人があったよとさりげなく教えてくれたこと以外、仕事に関することは口にしませんでした。父親働くことを強要することは一度もありませんでした。気がつけばあの短気で怒りっぽい父の姿はありませんでした。もうある程度の年齢になると性格って変わらないと思っていたのですが、父は変わりました。というか、兄妹がニートになったというのは結構衝撃的なことだったと思うので、私たちが父親を変えてしまったのかわかりませんが...。

 

 父親働くことを強要することは一度もありませんでした。ここ強調しましたが、これって私たち兄妹にとってすごく幸せなことだったと思います。私がもしニートだった時に「働け!」なんてしつこく言われていたら、本当に警察沙汰になっていたかもしれません。ムカつきますもん。私だってこうなりたくてなったわけじゃないし、どうにかしたいけれどできなくてもがいているのに。そんな時に単なる親のストレスをぶつけられたらブチ切れたくもなります。きっと心の中では父親も「お願いだから働いてくれよ、、、いつになったら働くんだよ、、、」そう思っていたと思います。でも父親は私たちの気持ちを理解しようとしてくれていたから何も言わなかったのだと思います。親子だって「人:人」です。相手の立場を考えるのは人間関係の基本です。父親はそれを大事にしてくれていたのだと思います。そして、父親は最後まで家族関係を諦めませんでした。

 

 親子って一番近い人間関係だと思うのです。だから極端になりやすいというか、お互いに甘えが出ると思うのです。親が無秩序に叱るのもそうだし、子が極端に反抗しすぎるのもそう。ただの健全な反抗期でもない限り、一度そうなってしまうと修復するのってすごく難しいと思うのです。だからそうなる前に常に家族も「人:人」で、人間関係であって、遠慮はなくとも、適度な距離感が必要だということを忘れないようにできたらいいなと思います。親子だからこそ、家族だからこそ適度な距離感って大事だなと思います。とはいえ、やっぱり家族関係って難しくて、私も未だに悩んではいるのですが...。

 

 さて、ニートな私たちを根気よく支え続けてくれた父親。そしてついに私たちは二人ともニートを脱することに成功するのです。次回へ続きます。