雨は止んでもまた降ってくる

アラサー既婚・子なし女の雑記

あのとき死ねばよかった?生き延びてよかった?それはまだわからない。

 (注意)タイトル通り、憂鬱で暗〜いお話になります。ちょっと吐き出したなって書きます。ネガティブな気分になりたくない方は見ないでください。

  

 

 

 

 本気の自殺未遂は一度だけ。ロープを吊り下げて輪っかを作ったことがある。あとはそこに頭を通すだけ。

 

    25歳、そのとき私は休職中だった。休んでいても何一つ良くことはなくて、何も変わらない一日一日がいい加減嫌になってゆく。嫌になってまた辛くなる。良くなるどころか悪循環だ。でもどうしたらいいのかわからない。たくさん処方される薬なんてほとんど無意味だった。唯一意味があるとしたら、睡眠薬寝逃げをすることだけ。眠っているときだけが、死にたい、生きていたくないという気持ちから逃れて穏やかになれる時間だった。どうしてこんなに死にたいのか、生きていたくないのか、具体的な理由はよくわからなかった。考えてみてもこれといったものが思いつかない。ただただ人生が嫌だ。何となくこの人苦手、何となくこの食べ物嫌い、それと同じで何となく生きるのが嫌だ。違ったのは死ぬ以外それを避ける方法はないということ。だから死ぬことばかりを考える。思考が鈍ってゆく。毎日息苦しくて疲れるほど泣いて、一人暮らしの部屋にこもる日々を過ごした。

 

   それでもたまにはスーパーやコンビニで食材を買い出しに出掛ける。少し気持ちが落ち着いている間にはなんとなく外に出て、食べ物を買う。死にたくても死ねない私の気分転換になっていた。飲みすぎた薬のせいで足元がふらついたまま外に出る。

「大丈夫ですか?」

    中年男性が心配そうに私に声をかけてくれたので、大丈夫ですよと笑顔で答えた。すると男は息を荒くして笑いながら私の耳元で卑猥な言葉を囁くと、そのまま立ち去って行った。

    それから間も無くして、同じように外を歩いていたときに路上で痴漢に遭遇した。急に後ろから手で鼻と口を塞がれてると同時に羽交い締めにされながら、もう片方の手が私の服の中に入ってきた。息ができなくてパニックになる。それでも必死に抵抗した。たまたま長めだった私の爪を立てて男の腕を思いっきり掴んだ。私の鼻と口を塞ぐ男の指の間にわずかな隙間ができると、息を吸った。その直後、私は大声で叫ぶことができた。そして男は走って逃げ去った。私は叫びながらその滑稽な後ろ姿を見送った。こんな短期間の間にこんな目に合うなんて、何か引き寄せているとしか思えなかった。きっとあのとき、私とあの二人の男は似た者同士だった。あの男たちはどんな人生を辿ったのだろうか。

   

    私は両親が憎くて仕方なかった。亡くなった母のことさえ憎かった。私はこんなに苦しいのに産み落としたまま自分だけが楽になってずるい。私がここで死んだなら、この部屋の保証人である父は多額の賠償金でも支払うことになって不幸になればいい。家族なんてみんな不幸になればいい。本気でそう思った。

 

   そして輪っかに頭を通した。こんなに苦しいのに、こんなに死を望んでいるはずなのに、生存本能は私に恐怖を与える。でも大丈夫、あと少しで逝ける。ほんの少し耐えれば逝けるのだから。だってこれから生き続ける方がずっと怖いでしょう。あとは足を乗せている台を蹴り飛ばすだけ。そのとき、オーブントースターの扉のガラスに映る自分の顔が見えた。かわいい。首にロープをかけ涙を流す私の悲しそうな顔はとてもかわいかった。私はロープを外してベッドに飛び込むと情けなく泣き喚いた。

 

   バカみたい。でも本当の話。私は自分の顔がかわいくて自殺をやめた。

 

   二十代の多くの時間を死にたい気持ちと葛藤することに費やしてきた。何か積み上げるとか、続けることとか、できなかった。唯一、生きていることだけをなぜだか必死に繋ぎ止めていた。生きるために、たくさん諦めた。もうよくわからない。あんなに死にたい、生きたくないって思いながら、気付けば必死で生きてる。そうやって残ったのが何もない30歳の空っぽな今の私だ。こんなものを残すためにあんなに必死で生きることを繫ぎ止める必要はどこにあったのだろうか。それはまだわからない。

 

   あんなに憎かった父の前で今私は完璧に幸せなフリをするように心がけている。昔の自分はもう克服したんだよ。優しい夫と穏やかに暮らしていて、幸せそのものなんだよ。そうやって全力で振る舞う。もう心配かけたくないから。首に輪っかをかけて永遠に眠ってしまった自分の妻の体を一番最初に抱き上げた父、それから間も無く自分の子供たちが兄妹そろってニートになってしまったのを更正するまで働いて養って一人で見守ってきた父。もうこれ以上悲しい思いはさせたくない。

   今父にはお付き合いしている人がいる。私にとっても好印象な人で、もう今後は二人で穏やかに老後を過ごして欲しいと思う。私はというと本当は解決できていない問題が山積みだけど、それはもう父に見せる必要もないだろう。

    幸せなフリと言ったけれど、私の夫は優しいのは事実だし、とても良い人だ。だから幸せなのは事実でもある。何が問題かというと、良い人だからこそ、欠落している私の部分がより強調されて見えてしまったことだ。だから私は夫には見合わない。夫のそばにいるのが私じゃなければもっと夫は幸せだったのではないか。そう思って時々消えたくなる。夫は優しく私を包んでくれるけれど、その度に罪悪感が積み重なっていく。このままでいいわけがない。きっとまた葛藤の日々が続く。それを解決するために私は今いろいろ模索しているところだ。

    そんなことを父に言ったところでどうにかなるものでもないし。少しでも余裕がある限り、私は幸せそのもののふりをし続ける。

 

   今でこそやっと父のことを思うことができるようになったが、親を思う子になるか、親を殺す子になるか、そんなことは紙一重だ。私にはよくわかる。これからも私は親を思える子のままでいられるように、ただ祈るのみだ。

 

   命は軽くて重い。家族は暖かくて重い。そんなことを感じながら今日も生きている。

 

    私は生き延びてよかったのか。自分の顔がかわいくて死ねなかったことは本当に幸運なことだったのか。答えはまだ出ない。一生出ないかもしれない。私はまだ生きることを諦めない。