雨は止んでもまた降ってくる

アラサー既婚・子なし女の雑記

自死を選んだ母に今思うこと

母が亡くなってから約11年が経った。冷たい冬の日に、母はたった一人で死を選んだ。

   母は美人で、優しくて、人当たりが良くて、毎朝綺麗な格好で仕事へ行く。近所や私の友達にも評判で、母は私の誇りで、憧れだった。

   それがある日突然崩れ去ってしまった。

 

   それから毎年、母の日は私にとっては辛い1日になってしまった。否応なしに思い出される。それでもいないものは仕方ない。仕方ないと思えばそれで開き直れる。そう思っていた。

 

成人式の着物も、大学の卒業式の袴も、結婚式のウェディングドレスも...

 

   人生の節目節目を一番見せたい人は母なんだと気がつく。そしたら世間的にはおめでたいと言われる出来事も全部どこか虚しくなる。でもそれも仕方ない。

 

   「仕方ない。」

 

   この11年間、母がいないことが頭によぎったときにはそう思ってやり過ごしてきた。でも今年はなんだかいつもよりもモヤモヤする。もう11年も経つのに。仕方ないと受け流すことなんてもうすっかり慣れたと思っていたのに。悲しみは時間と共に癒えるような単純なものじゃなかったみたいだ。

   私が結婚して新たに夫という家族を持ったこと、子供を持つということについてノイローゼになりそうなほど考えたこと、そしたら母がいないことが、母が自死したという事実が改めて心に重くのしかかってきた。

 

   「みんな心に何かを抱えながらも一生懸命生きてるんだよ。」でもそれは言葉で言うほど簡単じゃない。葬式の後で親戚が私にこう言った「強く生きるのよ」、当時付き合っていた彼がこう言った「お前、腐るなよ」、分かってる、言われなくたってそれくらい分かってる。

   でもどうしようもないときがあった。母と同じところへ行きたくて、母の出した人生の答えが羨ましくなって、どうしようもなかった、本当に。私は強くは生きれなかったし、腐ってしまった。そんな時期を経て今もなお私はしつこく生きているわけだけど。

 

   「仕方ない」で蓋をする。考えたって仕方ないから、目を逸らしてきた。嘆いたって悲しんだって戻らないのなら、わざわざ疲れるような感情を持ったところで無駄だと思った。でも今年は「仕方ない」の蓋を外してみた。

 正直な気持ち、母の日なんて嫌いだ。母の日のギフトコーナーに陳列される明るい花々もプレゼントも見たくない。大大大嫌いな日。私は母が亡くなったことが今もなお悲しい。うじうじしてるからって何だよ。私は弱い人間なんだ、だから何だよ。思うことぐらい自由でしょう。

 少しすっきりする、楽になる。簡単だ、蓋を外すだけでいい。気づいたら知らぬ間に蓋を外してはいけないと思い込んでいた。なぜだろう、誰かに言われたわけでもないのに、知らないうちに自分で閉じ込めていた。

  

 私は母の選択を尊重している。母の選択に正解も不正解もない。死を選ぶくらい辛くて苦しくて仕方がなかったのだから、もうゆっくりと休んでほしい。もう全てから解放されてほしい。私のことを見守らなくたっていい。もう心配しなくても見放してくれてもいい。

   

   産んでくれてありがとう、とは正直今は思えない。でも、生前は私が大好きで尊敬できる母でいてくれてありがとう。それだけはきっとずっと変わらない。本当にあなたは素敵な母だった。そう思わせてくれる母で居てくれたことが、私にはどうしようもなく悲しくて、幸せなことだ。