雨は止んでも、また降ってくる

アラサー既婚・子なし女の雑記

私が大ファンの本田圭佑とオレンジジュースでも飲みながら小一時間ほど話をしたいと思った話

   私は大の本田圭佑ファンです。ユニフォームも持っているほどです。マクドナルドの商品を買うと本田圭佑ファイルが貰えるというキャンペーン期間中には全種類のファイルが揃うまでマックを食べ続けていたという時期もあります。あまりうまくいっていなくて叩かれていたりしたときでもずーっとファンでした。きっと本田圭佑が目の前に現れたら、私は一言も発することができず、遠くの物陰からチラッと覗くことしかできないであろうと思うくらいにキャッキャと浮かれているファンなのです。憧れな人なのです。

 

    と思っていたのですが、先日のこの若者の自殺者が増えている」というニュースに対してのツイートをご覧ください。

''他人のせいにするな!政治のせいにするな!!生きてることに感謝し、両親に感謝しないといけない。今やってることが嫌ならやめればいいから。成功に囚われるな!成長に囚われろ!!''本田圭佑公式ツイッターより引用)   

 これを見た時に、私は思いました。本田圭佑と小一時間じっくりと話し合いをしたいと。もはや物陰から大人しく見つめている場合ではないなと。キャッキャと浮かれているファンという立場だった私の中の何かが変わったのです。同じ年齢の同じ時代を生きる人間対人間としてあなたと話をしたい。そう思いました。だって本田さん、私のような何の取り柄もない主婦とお話しする機会なんてないでしょう?たまにはどうでしょう?世界が広がりますよ?広がるのはあなたの居るようなギラギラした闘志や生命力溢れる人ばかりがいる世界じゃなくて、多分どんよりかつほんわかした場所なのですが、それも世界のうちの1つでしょう?広げて見ないかい?いかが?そんなのは無意味だとお感じですかね?

 

   んで何が言いたいかっていうとまずここ

''他人のせいにするな!政治のせいにするな!!''本田圭佑公式ツイッターより引用)      うぉーーーい!!自殺するようなメンタルの人が責めているのは他人でも政治でもない、自分なのですよ。

   社会や他人に馴染めない自分が情けなくて、社会についていくので精一杯で辛くてもう逃げ出したくて、はたまた社会から取り残されたような孤独感でいっぱいで…。私もそこまで深く若者の自殺について調べたことありません。でも、若者の自殺者が増えているのはきっとそんな孤独な人が増えているからです。だから皆こっそりと亡くなるのだと思います。

   そんなふうに悩んでる人に、そして実際に亡くなった人に対して、「社会のせいにするな!他人のせいにするな!」って傷を抉るな。自分がいけないって何度も何度も責め続けてたときにこれ言われたらどう思うよ。亡くなった方へのリスペクトとしても、それは言って欲しくなかった。すごく苦しい中で一生懸命生きた人ゆえの選択です。そこは「自分を責めすぎるな」って言って欲しいのです。むしろ、政治のせいだと批判する元気のある日本人ならば自殺者が増えるなんてないでしょう。これはもう若者っていうか、全年代で。ちなみに私は今は自殺志願者でもないのですが、自殺者が増えているのは他人のせいであり政治のせいでもあり、文化のせいでもあると考えています。

 その言葉を誰に向けて言ったのかは分かりませんが、もし今自殺を考えるほどに悩んでいる人の耳に入ったのであればそれは余計にその人を追い詰める言葉になってしまう可能性があります。悪気はなくても、言葉は時に人を傷つける武器にもなりうるっていうことを常に頭に置いておきたい。改めてそう思いました。

 

 はい、で次!

’’生きてることに感謝し、両親に感謝しないといけない。’’本田圭佑公式ツイッターより引用)   

 まず「生きていることに感謝」それはね、私も日頃よく思うことです。感謝しなければいけないのに、私は私を大切にできないことが多くてダメだダメだって思います。でもそれはある程度元気だから。自殺したい時は生きていることに感謝どころか、生き地獄、もしくは生まれたくなったレベルに思っている人が多いと思います。生きていることに感謝するというのは多少の健やかな精神状態を持った次元でやっと考え始めることができることだと思うのです。

 それから「親に感謝しなければならない」ってこれは何。しなければならないって。感謝が強制の時点でおかしいです。感謝の気持ちは自発的に沸くものです。沸かないのなら、それで終わり。「感謝をする」という行為にはいろいろな形があると思いますが、義務感でする感謝なの??

 で、親についてのこの言葉を若者の自殺の増加についての話題に結びつけた意図はどこでしょうか。親より早く死ぬのは親不孝だってこと?生きて親孝行しろ、という解釈でいいのでしょうか?

 

’’今やってることが嫌ならやめればいいから。成功に囚われるな!成長に囚われろ!!''本田圭佑公式ツイッターより引用)   

   ここら辺は概ね同意いたします。はい。

 

   言葉全体見ると実は優しいのは理解できるんです。だって最後やめていいって言ってくれているから。でも、この前半部分をどういうつもりで言ったのか私は聞きたい。聞く人によっては傷をえぐられるから。思い悩む人を追い詰めるような言葉になりうるから。人によっては厳しすぎるよ。だって、つまり自殺を考える人、自殺をした人って、他人のせい政治のせいにしていると思っているということでしょう?何か私の解釈が間違っているのなら説明していただきたい。

 

 どうして私がこんなに偉そうにここまでこのツイートにものを申したかったのかというと、私が死にたくて仕方なかった時期に、本田圭佑が出場するであろう代表戦が近くあると知った時に「あ、本田が出る試合見たいからちょっと生きてみようかな。」って自分に生きる理由づけをできたからです。

 実際にスタジアムに見に行ったこともあります。その頃、私は仕事のストレスでひどい耳鳴りとめまいに悩まされていたのですが、それでもフラフラになりながらスタジアムに行ったのです。不思議なことに試合前の練習している本田圭祐を見るだけで、耳鳴りもめまいも一気に消えていたのです。

 とっても孤独で死にたかった時の私にとって、本田圭佑は希望だったのです。

 

   ということで本田さん、私と小一時間ほど話しませんか?(サインと写真もお願いします)私はお酒が飲めないので、どうぞお互いオレンジジュースでも飲みながら自殺する若者について真面目に話そうではないか!!

 

ここまで読んで、「なんだこの痛いおばさん...」と思った方もいるでしょう。

知ってるわ!放っとけ!はい、おしまい!