雨は止んでも、また降ってくる

アラサー既婚・子なし女の雑記

信じている綺麗事はありますか?

 私は綺麗事が大嫌いです。「止まない雨はない」とか。だからこのブログは「雨は止んでもまた降ってくる」というひねくれたタイトルなのです。なかなか現実的だと思うのです。ちなみに、私は止まない雨も存在すると思います。その時々で強弱をつけて打ちつけてくるような悲しみとか世の中には存在する気がします。

 

「努力は必ず報われる」

→そうとも限らない

 

「傷付いた分、強くなれる、優しくなれる」

→内容や程度によるが、傷の深さによっては真逆の現象が起こりうる。

 

などなど... 

   30年も生きていれば綺麗事の矛盾にきっと大抵の人は気がつくと思います。でもそれと同時に、私は綺麗事の1つや2つは信じていないと生きていけないとも思うのです。

   だって人間希望がなかったら生きていけないもの。私には希望がない、と思っている人も大抵の人は心の奥底では何かしらの期待を捨てられないでいるものだと思うのです。ただそれがその人の救いになるだけでなく、苦しみにもなり得るっていうのが現実でもあるのですが。

   じゃあ、私は何を信じているのかと聞かれても具体的には分かりません。強いていうなら、綺麗事の1つや2つは信じるべきであると思っていること自体が希望かな。超絶漠然としています。

 

   信じていれば、綺麗事じゃなくて信念っていうのかな?皆さんは何か信じている言葉や希望はありますか?

 

 ちなみに私は正直あまり宗教というものが好きになれないのですが、とある友人が急に某宗教(怪しくない、割とオーソドックスな奴)の信者になりまして。彼女は時々悩みや問題が出てきた時にSNSで発信するのですが、そうすると「神様が見てるよ」「神様がついてるから大丈夫」「これも神の試練....」という神神神のコメントの連続なんですよ。なるほど、宗教の良さってこういうところだなと思いました。同じ思考の仲間ができるし、神というものはそれ以上考えても無駄なことを考えさせないストッパーになると同時に、希望にもなります。なるほど、個人が生きやすくなるわけだと思いました。しかし、そうやって宗教の良さを理解すると同時に、私はその友達にどのように関わっていけばいいのかわからなくなったのも事実。

 

 自分の信じている言葉、希望、信念もある意味自分だけの宗教とも言えるかな。私は多分この先ずっとこの孤独な自分という宗教の中で生き続けると思うのですが、何か具体的な良い綺麗事はないかなと探し中です。何でだろう、自分でもよくわからないけれど、今自分の中で揺るがない何かをすごく欲しています。