雨は止んでも、また降ってくる

アラサー既婚・子なし女の雑記

「元気だよ」って嘘をつく必要がなくなった今こそ

   来月、久々に実家へ帰ることになりました。一番の理由はワンコの世話。父が旅行へ行くので、その間私が面倒を見ることになったのです。うちの犬は柴犬の雄なのでどうやらペットホテルから断られてしまったのかな。いい子なのになぁ(ToT)実家には祖母もいるのですが、うちのワンコは非常に落ち着きがなく、手に負えないということで若い私が招集されました。とっても元気で可愛いのですが、少々手のかかる子なのです。私のニート時代ずっと一緒にいてくれたワンコなので、再会はとっても楽しみです。そしてきっと地元にいる友達とも会えるはずなのでそれも楽しみ。

 

   そして、今回はまだやりたいことがある。ひとつはしばらく行っていない、母の墓へ行くこと。ブログをよく読んでいただいている方なら知ってると思うのですが、私の母は自殺で亡くなりました。

    ですが私、墓というもの自体に思い入れがなくてあまり行っていないのです。ロウソクとか線香とかお経を読んだりっていう儀式に興味がないのです。お花を飾るのは、華やかになるから好きだけど。

   そう、お花といえば、年末に祖父が亡くなって実家近くで葬式があったのですが、菊の花束が余ったのです。それならうちで飾ろうと思って実家から菊の花束をわざわざ飛行機に乗せて沖縄の家まで持ってきたのです。そして私が菊の花を飾っていると、夫が「なんか家で菊の花飾るって違くない?葬式感というか…」みたいなことを言うのです。菊だって普通にかわいいのに。おかしくはないでしょう。選べるのなら、確かにあえて選んだりはしないけれど。それはやっぱり日本人が菊は喪の花っていう位置付けにしたからであって、菊がそんなイメージだけなのがちょっとかわいそうだなぁって思ったり。菊に罪はないわけです。ということで、夫の言葉は全無視して、その後枯れるまで家で菊を飾り続けましたよ。菊だって華やかさ。

   そして、今回は母のお墓にはあえて菊以外の花を飾ろうと思っています。夏だからひまわりとか、パステルカラーのお花とかかわいらしいのたくさん飾って、墓地の中で一番明るい墓にしてこようと思います。

    それから、お墓へ行くのはもう一つ理由があって、私は母に宮古島の海を見せたいなと思ったのです。だから骨を1カケラ持ってこようかなと思っています。別に生前頼まれたわけでも、遺書に書かれていたわけでもないのですが。私が母に見せたいだけなのです。だから骨を持って宮古島に行くのです。そしてできれば粉々にして違法にならない方法で散骨する方法を考えています。綺麗な海を母に楽しんでほしいのです。もう一度言いますが、生前に頼まれたわけでも、遺書にそう書いてあったわけでもないです。私がそうやりたいだけ。ふと、私が母と旅をしたいなと思っただけです。気まぐれです。別にいいんです。私を勝手に産んでおいて、勝手に自分で命を絶ったんだから、私だって勝手にさせてもらいます。愛と憎しみを込めて。ちなみに生前の母のことは大好きでした。ずっと母みたいになりたい、そんな憧れであり尊敬できる存在でした。正直産んでくれたことに感謝できるまでには至っていないのですが、私の母がこの人でよかったと思っています。

   

   そして、もうひとつやること。''母方の祖母''(以下、祖母)に会いに行くこと。母が亡くなってからたまに会ったり電話したりしていたのですが、いつの間にかそれが途絶えたのです。私のせいです。祖母は電話でいつも聞いてきます。「元気にしてる?」って。元気じゃなくても元気って言うしかないのです。母が自殺してからというもの、祖母は私に会うたびに涙を流すようになりました。今高齢者向けの集合住宅の一人部屋に住んでるのですが、いつも母の写真が飾ってあって、その写真に話しかけてはまた泣くのです。「もう、仕舞えば?その写真。」と言ったこともあります。目に入る場所にあるから思い出す機会が増えてしまうというのもあるし。でも次行ったとき、まだその写真は飾ってありました。やっぱり仕舞うのは嫌だって。だったらそれ以上はもう何も言えません。

   そのとき私は20代、どちらかといえばまだまだこれから自分の未来を切り開き生きる人生です。でも祖母にとっての人生観は若い私とは多分違います。完全に気持ちを理解するのは不可能ですが、なんというか、未来より過去の方に価値というか重きがあるのだろうなと思います。当然か。お互い母と娘を亡くした同士、悲しいのは同じでも、その感じ方は全く別のものなんだなとなんとなく理解しました。

    ということで、最初は私も祖母と話をしたり、毎回泣かれてもいいから、それで悲しみを少しでも共有して癒えるのなら会うべきだと思っていました。

   でも、いつしか私にはそれを受け入れる余裕がなくなってきました。私が仕事をやめようか悩みはじめてからのことでした。私は自分のことで精一杯になりました。まさか祖母からしたら自分の子が自殺して、孫まで自殺願望を持っている、なんて知ったら、それこそまたショックで泣き崩れてしまうと思いました。だから私は元気でいなきゃいけないのです。私が元気じゃないことは許されないのだと思っていました。だから私はずっと嘘をつきました。電話があれば「元気だよ」と言い続けました。本当は涙を流しながら話していたこともありました。会うたびに毎回泣く祖母を受け入れることもしんどくなってきてしまいました。私にそれを受け入れるような心のスペースはなくなっていました。全然元気なんかじゃないのに、私だってしんどい、泣きたい、死にたい。そう思うようになってしまいました。そして私はとうとう嘘をつくことにも疲れました。そして私はいつからか祖母からの連絡を断つようになってしました。そしてそれは数年続き、すっかり疎遠になってしまったのです。私は最悪です。

    その後、私の心身が回復した頃から、そのことがずっと心残りになるようになりました。でも今更連絡してどう思うだろうか...そんなことばかり考えていたらまた時間だけが経ってしまいました。そんな時、私が結婚したのですが、叔父経由ですが祖母から結婚祝いが届きました。内祝いを送ったらすごく喜んでくれたみたいで私も嬉しかったのです。

 

   私は今「元気?」って聞かれたら、まぁ元気だよって嘘をつかないで言えます。もしまた母を思い出して泣かれたとしても、今なら受け入れることもできると思います。だからまた会えるのなら、会いに行きたいのです。すごく自己中なのはわかっているけれど、もし祖母も会いたいと望んでいるのらば、会いに行きたい。 

   私、久々に祖母に電話かけられるかな。怖い。一方的に疎遠にしてしまった私のことを嫌って呆れてないかな、私なんか会いに行っても嬉しくないかな...。電話帳に入っている「おばあちゃん」。それを押すだけなのに、なんだかまるで片思いしてる相手にかけるかのごとく勇気がいるなあ。