雨は止んでも、また降ってくる

アラサー既婚・子なし女の雑記

子供が欲しいと思えない自分(1)義務感からの妊娠、悲しくなかった流産

〔〔★はじめに〕〕

 妊娠・出産に関する話題は非常にデリケートであり、かつ人によって考え方がかなり異なるものだと認識しております。私は自分が子供を欲しいと思えないことに悩んだり、問題に感じることがあるので、同じような方向けの記事を書ければいいなと思っています。読む方によっては不快に思われることもあるかもしれません。しかしそれほどデリケートだからこそ、誰にも話せず、自分の中だけに感情を止めて辛く苦しい思いをしている方もいると思うのです。これから書く私の言動について、愚かな点は十分に自負しております。でも、だからこそ書きたいと思っています。

   似たようなことで悩んでいる方がいる、共感できる誰かがどこかにいるというだけで、少し心の荷が軽くなることもあるかと思います。そのために書きます。批判を受けるような内容でもあるかもしれません。まず、このタイトルで不快に思った方はこの記事を読まないでください。読み進めてもいいことはありません。

   そして、この先読み進める方は、世の中にはいろんな考え方の人がいる。どうか、そのことは念頭に置き読んでいただければと思います。

 

義務感からの妊娠

   私は子供が欲しいと思ったことはありません。夫は子供を欲しがっていました。私はその時、その問題は大したことではないと思っていました。婚前、私は子を持つことについて深く考えたことがなく、結婚したら子供を持つものだという単純な考えでいました。夫も一人は欲しいと言っていたので、愛する人のためならと思って子供を持つことを簡単に考えていました。

   それが、そろそろ子供を…と実際に自分の身に迫るものを感じた時にだんだんと恐怖を感じるようになりました。私はここで初めて具体的に妊娠、出産、育児に関する情報に触れるようになりました。本来なら婚前から深く考えるべきことを、私にはその発想すらなくここまできてしまったのです。愚か者です。そして、子作りを始めようと思ったとき、全くと言っていいほど妊娠出産子育てが自分に向かないものだとわかりました。そして私には無理なのではないかと思うようになりました。そらからというもの、妊娠をするということが私にとっては恐怖にしか感じられなくなりました。しかし、夫は子供を欲しがっています。私はそれを了承して結婚したのだから義務を果たさなければならないのです。そう思い、悩んで泣いたこともありましたが、私はやらなければならない、その義務感一心で、妊娠しました。

    検査薬に示された陽性の線。そっか、妊娠したのか。嬉しいとも悲しいとも思わない、フラットな気持ちでした。そして、日に日に体が不自由になっていきます。私はもともと自律神経が弱い方なので立ち眩みはしょっちゅうなのですが、妊娠してからは立つ時は100%かつ長い間立ち眩みに襲われるようになりました。何もできない状態になるのは早かったです。辛い悪阻がすぐにやってきました。まだ妊娠6週目、この短期間で私は一気に気が狂いパニックになりました。ちょっと調子のよいときに気分転換しようと思っても外へ出るために着替えて2分も歩けば酷い疲れに襲われます。気分転換すら許されないのです。ただでさえ体力がないのに、ひたすらベッドで横になるだけの毎日でした。筋力も落ちていく気がします。出産する頃に私の力は残っているのだろうか。乗り越えられる気もしなくなっていました。完全に弱気でした。毎日ベッドから窓の外の柵を眺めていました。あれを乗り越えたらもう気持ち悪くないんだ。だったら飛び降りたい、飛び降りたい、そう思いながら、毎日息苦しくなるまで泣きました。

    そして私は時々渋り腹になるのですが、妊娠中の渋り腹は最悪でした。いつも激痛なのですが、それにも増しての痛み。声を出さずにはいられず、夫にトイレで身体を支えられながら排便しました。便座に座っているだけで精一杯でした。そして寝間着と髪が汗でびっしょりになりました。妊娠とは一体何が幸せなのだろうかわかりませんでした。少なくとも私には大変なことと恐怖しかありませんでした。子供が欲しいという強い願望があったのなら、多少の悪阻があっても、生まれる子のことを楽しみにして乗り越える糧にできるかもしれません。でも私にはそれがありませんでした。逆に、その頃にはお腹の人は私を苦しめるためにやってきたのだとしか思えなかったのです。するとこのお腹に宿している者が怖くて仕方なくなりました。そしてそれが出てくる、出産をすることを想像すると、自分の赤ちゃんという存在が怖くて怖くてたまりませんでした。私はエコーで動く心拍を見ても何も思いませんでした。病院で心拍を確認した夜、私は医師にもらったエコー写真をビリビリに破って捨てました。

 

悲しくなかった流産

    私は本当に子供を望んでいなくて、嫌悪感すら抱いているということに妊娠して初めて気がつきました。愚か者です。このままでは産後うつまっしぐら、誰も幸せにならない…でももう戻れない。それなら…ある日の夜、私はベランダに出て飛び降りようと思いました。でもできませんでした。ただただ息苦しくなるまでベランダに座って泣き続けるだけでした。もう心が持たない。どうしたらいいかわからない。ただそれだけ。

   そして次の検診の日、心拍が止まっているのが確認されました。稽留流産でした。また不思議なくらいフラットな気持ちでした。悲しくもなんともありませんでした。

   その数日後、掻爬手術を受けました。静脈麻酔ですが、意識が戻った瞬間に激痛。また髪と術衣がびしょ濡れになりました。でも私はほっとしました。また元の自分に戻れるんだと。気の狂った自分から解放されるのだと。あのまま妊娠を継続していたら…きっと誰も幸せになっていなかったと思います。私はそれを防げたのだからこれでよかったのだと思ってしまいました。

 

 もう妊娠はこりごりだし、子供はいらない。はっきりと分かってしまいました。そして妊娠出産は夫のためだけにできるようなことでもないし、それは間違っているのだとはっきりと気がづきました。自分が心から欲さなければならないとできないし、やってはならないことなのだと思いました。

 

   その後、私はなぜ子供を欲しいと思えないのか原因を探りだしました。もちろん、つわりで気が狂いそうになったことがトラウマになったというのは新たに加わった子供が欲しいと思えない理由ではありますが、それ以外にも見てこないようにして来た自分の過去に向き合わされる羽目になりました。そして、振り返りたくないことも、忘れたいことも全部、頭から取り出して並べたらノイローゼになりました。掻爬手術後、ほっとしたのもつかの間、約2ヶ月間毎日泣き続け、日常生活すらままならない日々が続きました。

 

   次はそんなノイローゼ生活を振り返り、そこから導いた私なりの今の考えを書きたいと思います。