雨は止んでも、また降ってくる

アラサー既婚・子なし女の雑記

【母を追う旅】「ソフィーの世界」へ行ってきます。

今週のお題「読書の秋」

 

 いわた書店の1万円選書が当選したから今年はもう本は買わないかな、なんて思っていたけど全然そんなことなかった。むしろ、読んでいくうちに文章を読むスピードがだんだん速くなって、気付けばあっという間に1万円分を読破していた。そして、そこから派生して、他に読んでみたい本が出てきたりして、すっかり読書好きになった。学生時代はほとんど本を読まなかったのに。それにしても、本を読める環境があるってありがたいことだ。私にとって読書は余裕とエネルギーが必要な行為だから。

 

  自死で亡くなった母は読書が好きだった。私はその頃本好きでもなかったし、母が何を読んでいたのかなんて興味はなかったけど、一冊だけ、覚えているタイトルがある。それがソフィーの世界。分厚い本の背表紙にでかでかと書かれたタイトルは、本棚の中でもとりわけ存在感を放っていたから今でも記憶に残っているのだと思う。そのことを思い出して同じ本を買ってみたのだ。ふと、母がどんなストーリーを読んでいたのか気になった。

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 私は母のことが好きだったし、とても尊敬していた。だから単純に母に興味があって、ソフィーの世界を読もうと思った。今の私の年齢ならきっと、本の内容もよくわかるはずだ。あの頃にはわからなかった、今の私だからこそできる「母の内面に触れる、母のことを知る」という行為だ。そのために「ソフィーの世界」へ旅にでるようなわくわく感がある。

   それと同時に、不意に私が母と同じ轍を歩んでいるのではないかと思うと怖くなる。気付けば母と同じ読書好きになって、そして母と同じ本を読む。それはもしかしてちょっと危険なことなのではないかと思う。これ以上近づいてはいけないような気がしている。このまま、母の道を振り返るようなことをし続けたのなら、もしかして最終的には私も自死を選んでしまうのではないか。そんなことを考えてしまう。もちろん母と私は別の人間だし、違う人生を歩んでいる。だからこそ私は母に近寄るのではなく、母と同じ運命を辿らないように、むしろ回避するような道を選ぶべきなのではと思ったりもする。たかが読書のことで考えすぎかな?でも''されど、読書''だとも思う気持ちもある。

    母のことはとっても好き。だから単純に母のことが気になる。母が生きていたときのことを単純に知りたい欲求と、自死という結末を迎えた母を振り返るということへの危機感が、混ざり合っている。このまま一緒では危険な気がする。どこかで離れなきゃいけない。もう一度別れるような気分で寂しいけど、私はこの流れに抗わなくてはいけないと思う。

   母のような人間にはなりたいけど、同じ道は辿りたくない。難しいな。でも私は私で、母ではないのだから深刻になる必要はないのかな。ただ、情けないことに今の私には何の指標も見出せていないから、自死はしなくとも、まだふわふわと漂い続けることになりそうだ。ということで、何はともあれソフィーの世界へ行ってきます。やっぱり、唯一覚えているタイトルの本だからこれだけは読んでおこうと思う。そしてソフィーの世界から戻ったなら、これ以上母がどんな本を読んでいたのかは探らないことにしようと思う。