雨は止んでも、また降ってくる

アラサー既婚・子なし女の雑記

忘れてゆくこと。

   久々に母方の祖母に会いに行った。会うのは約5年ぶり。こんなに間が開いてしまったのは、私が弱かったということが理由のひとつ。会う度に、毎回私の母(祖母にとっての実の娘)が自死したことを嘆き泣く祖母を、私は受け止めきれなくなったのだ。
    今は少しくらいなら心に余裕があるし、会えると思った。だから父と一緒に母方の祖母へ会いに行った。祖母は高齢者向け賃貸住宅に一人で暮らしている。高齢者向け賃貸住宅にいるということは、自立して暮らしているということ。だから元気なんだろうと思っていた。

 

 祖母は訪ねてきた私たちを歓迎してくれたけど、私は会った瞬間に違和感を覚えた。以前に比べるとスッキリとしているというか、妙に明るいような気がした。そしてまず、祖母は私に彼氏ができたかどうかを尋ねてきた。私は確かに祖母から結婚祝いも頂いたし、お祝い返しもした。私は結婚をしたということを伝えると、祖母はお祝いを渡したかどうかを何度も確認した。ただ、沖縄に住んでいるということだけは覚えているようだった。祖母の記憶は断片的だった。そして、そのとき話している内容については、あっという間に祖母の脳から消えてしまう。沖縄へはいつ帰るのか、兄は元気なのか、兄の子供が生まれたのか、なんでも忘れるようになってしまった…話はほとんどそれらのループだった。数分前に話したことを、何度も何度も尋ねらる。だから私は同じことを、何度も何度も答えた。
    認知機能に支障が出ている祖母を前にして私は冷静だった。戸惑ったりはしなかった。最近読んだ本に書かれていた知覚についての内容を思い出したからだ。高齢者の認知は、短期的な記憶の機能から衰えて行くということ。その実例が目の前にあるのだなと思うと、私は妙に冷静だった。その横で父がさり気無くメガネを外して目頭を押さえていた。でも、父は知っていたはずだ。少し前に、私と祖母が会わないようにさり気無く話を反らしたことがあったはず。なぜあのとき隠した?なぜ今回は会ってもよかった?その意図は何なのか気になる。父は私にとって、とても分かりづらい人だ。
   昔の私は、母の自死を嘆く祖母を受け止めきれなかった。でも今回、祖母は母の自死を嘆くことは一切しなかった。むしろ、あえて母の話をしないように不自然に避けているのかと思うほどだった。私には新たに受け止めなければいけないことができた。私はずっと祖母の側にいるわけではない。だから私には綺麗ごとを言う資格はない。ただ、できるだけ会いに行って、そのままの祖母を受け止めようと思った。祖母が、私が誰なのかを認知できる限りは…。

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   いつか、母が自死をしてしまったことまで忘れるのだろうか。私が誰なのかも忘れてしまうのだろうか。どこまで記憶は消されてしまうのだろう。自死を嘆く祖母の姿を見るのは辛かったけど、悲しみを共有できなくなるのはもっと残酷なことかもしれないと思った。もし、その悲しみさえも忘れてしまう日が来たのなら…。私は、母が死んでしまったということを伝えるべきなのだろうか。正しい現実をインプットさせるように努力することが、常に正しいのだろうか。だって、自分の娘が自死したことなんて忘れてしまったほうが幸せでしょう?違うかな。私には、まだ何が正しいのかわからない。
    だから認知についてもっと学びたいと思ったけど、本当はそうじゃない。私の一番の思いは、身勝手な願いは…できることなら、母が自死をしたことや、私の顔を忘れる前に、祖母を母の元へ連れて行ってあげてほしいということ。

    祖母と母と私、3人でお話しをしていた頃が懐かしい。あの頃はちょっと退屈だったけど、今思えばとても優しい時間だった。お母さんも、おばあちゃんも、お互いを必要としていたよね。だってお互い他に心安らぐ居場所なんてなかったはずだもの。それが、どうしてこんなことになってしまったのだろう。現実ってわけがわからないものだね。